文字色 みち - 路に生きる
FC2ブログ

みち

2013年10月29日 23:00

老い、というのは生き続けていけば誰にでもやってくる。
それを不安に思うことも、その先にある死を怖れることもある。
というより、ある程度の年齢になると、常にどこかで老いていくことやいつか訪れる死について考えているものではないのだろうか。

私は三十歳という年齢になってから、老いと死について、身近に考えるようになった。
二十代の時よりもはるかに近いものと感じるようになった自分に少し驚きもした。
いつかもっと歳をとり、老いていく。
そう遠くない未来だとはっきりとわかるようになった、というか。
人から若くみられたいというような欲求とは別に、歳をとることは死に近づいているという恐怖もうまれた。

ただそういたずらに死を怖れていても仕方はない。
いつか死ぬ。今は生きている。
では生きようではないか。
はじめから、それしかない。
当たり前のことのはずなのに。
死について考えることで、生きていることの大切さを再認識する。
それが人なのかもしれない。

なんだってできる、なんて言ってもそうでもない。
それでも、挑戦はできる。やる気にさえなれば。
何かを始めるのに遅いなんてことはない。
いくつになっても学ぶことができる。技術をあげることができる。
65歳の時にケーキを作りたくなった、と70歳半ばのシェフが言う。
84歳でブログを始め、現在91歳で毎日絵を描いてはブログに投稿している女性がいる。
こんな歳だから諦める、っていうのはただの言い訳だ。

誰かの決めた規則に年齢制限が設けられていることはままあって。
でも決まりのないところなら可能性はいくらでもある。
例えばアイドルのオーディションは受けられなくても、違う形でアイドルになれるかもしれない。
絶対なんて保証がないのは、誰だって同じ。
いろんな状況や事情はあれど、最終的にできないと決めるのは自分ではないか。

何かを諦めて、何かを得て、当初目指していたものとは別の道に進むことは悪いことではない。
それは人生の選択であって、ひとそれぞれだと思う。
人は変わっていくもの。岐路を迎えどちらかを選んで、そうして自分だけの道を進んでいく。

生まれてきて、限られた時間を生きるなら。
私は自分の望むことをできる限りやれるだけやりたい。
誰かとの比較によって幸せは決まるものじゃない。
自分の幸せは、自分が一番良くわかっているはず。
自分の道を、路を。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)