文字色 夜は更けて - 路に生きる
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夜は更けて

2009年09月12日 23:05

ドラマ仕立てのドキュメント番組に見入ってました。
「ああ モンテンルパの夜は更けて」

ネットで調べたのもあわせて簡単に内容を。

『フィリピンのモンテンルパ刑務所では戦後7年も経ちなお、元日本軍の兵士たちが囚われたまま、簡素な裁判で多くが無実の罪を着せられ戦争犯罪人として死刑を宣告され、いつおとずれるともわからない処刑におびえる日を送っていた。

そんな時、歌手の渡邊はま子の元へ死刑囚が作詞・作曲した歌が送られてきた。
戦時中兵士の慰問を命じられ、戦意高揚のために歌い、歌を聴いた兵士たちがみな死んでいったことに悲しみを感じていた彼女は、心からこの歌を歌いたいと言い、レコード化し大ヒットさせた。

どうしても囚われている彼らの目の前で歌いたい、と彼女は手をつくして渡航。
少しでも彼らを喜ばすために、と振り袖にドレスに衣装を何度も着替え、2時間歌い続けた。
「ああ モンテンルパの夜は更けて」を歌うと囚人たちは涙を流し、ともに歌い、大合唱になった。
それを録音した音源を持ち帰り、ラジオで放送。日本全国に衝撃が走り、大反響となり、500万という助命嘆願書が集まった。

当時日本と国交もなかったフィリピンでは戦争の影響で反日感情が強く、自身も家族を日本兵に殺されたキリノ大統領はこれを受け、モンテンルパの囚人の死刑を執行しようとしていた。
それを知ったモンテンルパ刑務所の教誨師である加賀尾は大統領に面会する約束を取りつける。
涙ながらに嘆願されても許す気がない、と思っていた大統領に加賀尾が黙って差し出したのは「ああ モンテンルパの夜は更けて」のオルゴール。
それが大統領の琴線に触れ、「私がおそらく一番日本や日本兵を憎んでいるだろう。しかし、戦争を離れれば、こんなに優しい悲しい歌を作る人たちなのだ。戦争が悪いのだ。憎しみをもってしようとしても戦争は無くならないだろう。どこかで愛と寛容が必要だ」と語り囚人に特赦を与えることを決めた。
囚われていた者たちはすべて釈放、帰国した。』

というドラマのような実際の話。
何より意志と行動力が半端なくすごい。彼女はその後もフィリピンへ10回以上慰問し、釈放された元囚人たちとの交流を生涯続けたそうで。なかなかそこまでできない、っていうことだらけ。

「私は歌うことしかできません。今日は精一杯歌います。そして日本に帰ったらみなさんのことを大声で叫びます。」と泣きながら囚われた元日本兵の前で話す渡邊はま子。90歳を過ぎて当時の音源を聴いて「この歌詞は寝ても覚めても忘れることはなかった」と涙を流す元囚人。

「ああモンテルンパの夜は更けて」の歌詞を引用して載せておきます。

ああモンテンルパの夜は更けて
作詞 代田銀太郎・作曲 伊藤正康

モンテンルパの 夜は更けて つのる思いに やるせない 
遠い故郷 しのびつつ 涙に曇る 月影に 優しい母の 夢を見る

燕はまたも 来たけれど 恋し我が子は いつ帰る 
母の心は ひとすじに 南の空へ 飛んでゆく さだめは恋し 呼子鳥

モンテンルパに 朝が来りゃ 昇る心の 太陽を 胸に抱いて 
今日もまた 強く生きよう 倒れまい 日本の土を 踏むまでは


壮絶な感動でした。こんなことってあるんだという驚きと。
100余名の心と命を歌で救ったんです。
「私には歌うことしかできません」という彼女。歌はここまでできるんだ。

歌や曲は時に大きく人の心を動かすもの。
改めてもっと一生懸命、もっと大事に歌っていきたいと思いました。
そして同時に、やるなら大きくならないとって。
歌を聴いてもらいたい、はもちろん、何か歌で訴えたいことがあった時、より多くの人に聴いて知ってもらえるように。
もっと歌わなきゃ。


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